共産主義

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主にマルクス・レーニン主義系の共産主義のシンボルともされる赤い星

共産主義(きょうさんしゅぎ、)は、共産主義(きょうさんしゅぎ、英: Communism、露: Коммунизм)は、政治経済などにおける思想や運動や体制の類型のひとつ。

私有財産制を制限あるいは廃止して、財産の一部または全部を共同所有する搾取のない平等な社会をめざす思想や運動のこと。制限する財産の種類や共有化する財産の新たな所有形態に関しては、古くから様々な議論があり、それにより、「共産主義」の定義は多数存在している。政治学的類義語に「社会主義」、対義語に「資本主義」がある。

共産主義は、多数の異なった政治理論に基づく多数の形態が考えられてきている。共産主義の源流とされる思想の歴史は古く、プラトンの国家論、キリスト教共産主義などの宗教における財産の共有、空想的社会主義と呼ばれる潮流における財産の共有、フランス革命でのジャコバン派、一部のアナキズムによる無政府共産主義などがある。19世紀後半にカール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスが共産主義思想を体系化し、その集産主義的な「マルクス主義」が共産主義思想の有力な潮流となった。また十月革命の成功によるソビエト連邦の成立により、ウラジーミル・レーニンによる革命的な党の組織論などをマルクス主義に総合した「レーニン主義」が影響力を高め、後に「マルクス・レーニン主義」として定式化された。更にレフ・トロツキーによるマルクス主義の概念である「トロツキズム」、毛沢東による当時の中国の状況に適合させたマルクス主義の解釈である「毛沢東主義」など、多数の派生や解釈が存在する。ソ連崩壊以降は「正統派マルクス主義」の影響力は世界的に大きく低下したが、マルクス主義または非マルクス主義の、各種の共産主義の思想や運動が存在し続けている。

「共産主義」の用語は「共同の、共有の」の意味を持つ「ラテン語communis」が語源で、「共産主義の先駆」と呼ばれるフランソワ・ノエル・バブーフが現在の意味で最初に使用し、それをジョン・グッドウィン・バーンビー(en)が英語に紹介した。「共産主義」はしばしば「社会主義」の同義語と誤用されているが本来は、共産主義は私有財産制に対する財産の共有、社会主義は個人主義的自由主義に対する社会的解決を意味した用語である。なおマルクス・レーニン主義者による用語では、社会の発展段階のうち「資本主義(社会)」から「共産主義(社会)」へ移行する低い段階を「社会主義(社会)」と呼んでいる。また固有名詞の「共産主義」(Communismなど先頭が大文字)は、特にマルクス・レーニン主義の自称・他称である場合も多い。

共産主義のシンボルには、社会主義と同様に赤色赤旗が広く使用されている。また特にマルクス・レーニン主義系の共産主義を表すシンボルには赤い星鎌と槌なども使用されている。

思想

黎明期の共産主義思想

コミュニズム(共産主義)という言葉の由来はラテン語の“communis”であり、共有、共通、共同 を意味する。歴史的に最も早い使用例はシルヴィ父子によって書かれた『理性の書』(1706年)である。私有財産の否定による完全平等の実現という現在使われる文脈とほぼ同じ意味でコミュニズム(共産主義)という語を用いた最初の人物はフランソワ・ノエル・バブーフである。バブーフは後に「共産主義の先駆」とも呼ばれ、また前衛分子による武装蜂起階級独裁などの革命思想の概念の先駆者の一人でもある。

その後、フランスにおいて社会主義や共産主義などの思想が広まった。19世紀のフランスにおける共産主義思想をドイツに紹介した人物はローレンツ・フォン・シュタインであった要出典カール・マルクスもシュタインの著作である『今日のフランスにおける社会主義と共産主義』(1842年)を読んだ。

エンゲルスは『空想から科学へ』の中で次のように述べた。

「大きなブルジョア運動がおこるたびごとに、近代的プロレタリアートの、多少とも発展した先駆者である階級の、自主的な動きがいつも現われた。たとえば、ドイツの宗教改革農民戦争との時代における再洗礼派トマス・ミュンツァーイギリス大革命における平等派(レヴラーズ)フランス大革命におけるバブーフがそれである。まだ一人前になっていなかった階級のこれらの革命的蜂起とならんで、それにふさわしい理論的表明がおこなわれた。一六、一七世紀には理想的社会状態の空想的な描写が、一八世紀にはすでにあからさまな共産主義理論(モレリーとマブリー)が現われた。」

マルクス主義

マルクス主義参照

マルクスとエンゲルスは、1847年6月に共産主義者同盟の綱領的文書として執筆した『共産党宣言(共産主義者宣言)』において、資本主義社会をブルジョワジー(資本家階級)とプロレタリアート(労働者階級)の階級対立によって特徴づけ、ブルジョワ的所有を廃止するためのプロレタリアートによる権力奪取を共産主義者の目的とした。この革命によって階級対立の解消、国家権力止揚へと向かい、各人の自由な発展が、万人の自由な発展の条件となるような協同社会を形成することが共産主義の目標であるとした。

エンゲルスは、1880年に出版された『空想から科学へ』において、唯物史観剰余価値説によって社会主義は科学となったとし、自らの立場を科学的社会主義と称した。共産主義社会の詳細な構想を語るのではなく、資本主義社会の科学的分析によって共産主義革命の歴史的必然性を示そうとするところにマルクス主義の大きな特徴がある。

とはいえ、マルクスやエンゲルスが共産主義社会のイメージを語った例もいくつか存在する。前述の『共産党宣言』のほか、1873年に出版された『資本論』第一巻の第二版には、「共同の生産手段で労働し自分たちのたくさんの個人的労働力を自分で意識して一つの社会的労働力として支出する自由な人々の結合体(Assoziation)」についての言及がある。社会的分業の一環としての労働が私的な労働として行われる商品生産社会を乗り越えた社会についての記述であり、事実上の共産主義論と見なされている。また、直接言及した箇所には第一版の「共産主義社会では、機械は、ブルジョワ社会とはまったく異なった躍動範囲をもつ」、第二版の「共産主義社会は社会的再生産に支障が出ないようあらかじめきちんとした計算がなされるだろう。」がある。1875年、マルクスは『ゴータ綱領批判』の中で共産主義社会を低い段階と高い段階に区別し、低い段階では「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という基準が実現するという見解を述べた。

その後の歴史的展開により、マルクス主義には様々なバリエーションが存在する。マルクス・レーニン主義トロツキズム毛沢東主義などである。

無政府共産主義